2008年12月20日(土) 大川哲次の年忘れ会で寄付金を受けた

恒例の大川哲次副理事長の趣味の会年忘れ会が大阪北区の梅田玉姫殿で行われた。北海道から元札幌刑務所所長の杉田尚文さん、元千葉刑務所所長の溝上陽一さん、大阪高等検察庁検事長の大泉隆史さん 梶妙壽慈受院門跡住職、書画家の紫舟さんらがスピーチを行い、当会員の城山貴妃さんが津軽三味線、翔田ひかりさんの伴奏で「じょんから はぐれ旅」を披露、バチ・ホリックの太鼓と笛、マレーシア民族舞踊などが賑やかに繰り広げられた。

ビンゴゲームの売上金を年末助け合いの一助にと大川哲次副理事長が当アクト情報交流、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、ラジオ大阪、熊野古道に桜を育てる会にそれぞれ3万円の寄付を贈った。

写真は大川哲次副理事長から寄付を受ける田中正雄理事  

2008年 12月4日(木) ミニ講演会「イベントつくりのノウハウ教えます~失敗例いろいろ~」

山田博一理事

イベントはこれまで広告会社やイベント会社が中心だったが現在、NPO 法人や地元組織が増え、主役が代わってきた。

イベントとはメッセージを伝える。集客、業績をあげるなど多岐にわたるが、現在ではインターネットや携帯電話上もイベントとされている。イベントプレーヤーの変化が顕著になってきている。

イベント事業の6W2Hが成功へのキーワード。これは事業にもあてはまる。

Whom=ターゲット、What=明確な位置づけ、Why=コンセプトを企画の段階で明確化し、When=実施日、スケジュール、Where=実施会場場所、会場アクセス、Who=事務局体制、主催、協賛、後援など運営体制、How= 実施方法(集客、動員、広報、宣伝、実施)、Howmuch=実施予算(収入と支出のバランス、投資と回収計画)

失敗例については、イベント終了後、全て終わったという感覚で資料をすべて捨てた、雨天対策をしていなかった、広報活動をしていなかったので、3人しか来なかった。映像設備の準備不足など今後のイベント展開について大いに参考になりました。

講演会 山田博一  

2008年10月28日(火) ミニ講演会 「戸建て住宅は使い捨てか」 田中勉理事

ほとんどの人は近代建築ハウスメーカーの家を選ぶ。理由は2ヶ月から3ヶ月で家が建つからだ。工場で組み立て、それをトラックやレッカーで運び、建物は1日で完成する。早く建つというのは時代のニーズに合っているからだ。

時代のニーズといえば、玄関、キッチン、風呂の豪華三点セット。見た目が勝負。家も使い捨て時代に入った感がある。

在来工法と近代工法の違いなど詳しく解説した。

最後に田中さんは「近代工法にケチをつけるつもりはないが、輸入や合板材より、国産材で建てる家の良さは健康面や50年以上の年月に耐える。木を生かすには、自然を生かさねばならず、自然を生かすには、自然に生きようとする日本人の心が動かなくてはならない。熊本県では郷土の木を使って、家を建てようという人たちが増えている。日本家屋が国産の自然の木から建築される日も近いと期待している」と結んだ。

講演会 田中勉理事

2008年9月25日(木) ミニ講演会 「スポーツ報道の様変わり」 田中正雄理事

4月から始まったNPO理事らによる「ミニ講演会」。2か月“夏休み”があり、4回目は9月25日に開かれた。テーマは「スポーツ報道の様変わり」、講師は読売新聞社で25年間運動部に所属した田中正雄理事です。

まず全国紙が重視してきた「五輪報道」が、どう変わってきたか。五輪を現地で競技を取材できる記者やカメラマンの数は、国際オリンピック委員会(IOC)から制限されていることや、紙面は現地記者だけでは成り立たず、本社の内勤記者が半分はサポートしているなど、体験を踏まえて語った。

競泳の北島康介選手が100メートルと200メートル平泳ぎで2大会連続で金メダルを獲得したが、これは76年ぶりの快挙だった。そこで前回(1932年)のロス五輪の朝日新聞の号外のコピーを用意。どんな紙面だったかを見てもらい、昔は写真と記録が中心だったが、現在は「読み物」と写真を重視している差を知ってもらう。

五輪の曲がり角は1984年のロサンゼルス五輪だった。開催都市が民間の組織委員会に運営を委託できる方式に改め、放映権料をそれまでの数倍も取るのに成功。その立役者がユベロス氏であり、サマランチ前IOC会長で「もうかるオリンピック」へ。「アマチュアリズム」の文言も削除。これにテレビメディアが大いに刺激され、スポーツが格好のコンテンツになり、新聞報道も一気に派手になった。「号外」は金メダルを獲得すれば発行される時代になった。

昭和30年当初は、東京六大学野球と大相撲、国体が大きく報道されたが、その後はプロ野球と五輪、そしてサッカーなど多くの競技になった。

締め切り時間が早い地方へ行く紙面の充実のため、ゲーム途中でも「読み物」を掲載するようになった経緯も。また、読売新聞が「夕刊にもスポーツ面が必要」と1993年4月1日から1ページさくようになり、他紙も追随した。その理由はメジャーリーグに日本人選手が多く活躍し始め、Jリーグの選手も欧州のチームでプレー。サッカーW杯予選や欧州のサッカーなど海外からの報道が欠かせなくなったから。そこでスポーツ記者は英語が必須になり、多くの日本人スポーツ記者が海外で活躍。

現場から本社への伝達方法も電話からファックス、ワープロ、そしてパソコンと便利に。それだけに記者の常日頃の努力と素質が試される時代になったと解説した。

講演会 田中正雄理事

2008年8月8日(金) サイパン慰霊使節団報告

延暦寺の僧侶、栢木寛照(かやき・かんしょう)氏率いる「三宝莚(さんぽうえん)青少年サイパン島文化交流慰霊法要使節団」(7月29日から6泊7日)は、今回が30回目の節目を迎えました。京都・滋賀を中心とした関西(本隊)から21人、長野6人(長野市立城山=じょうやま=小学校)と福岡3人(三宝莚支援会)の計30人の小学生、中学生、高校生が参加しました。栢木氏を含め12人のスタッフ陣がサポート。NPOアクト情報交流では、この青少年交流の支援を一つの柱にしています。スタッフの1人として田中正雄理事が初参加、その活動報告をお伝えします。使節団の模様は今月下旬、京阪神を中心にしたケーブルテレビ「J・COM」系列とCS放送「G+」で放映予定です。

以下、田中正雄理事の報告です。

本隊は、現地入りするまでに4回の「勉強会」が開かれ、手渡された「教本」の「般若心経」などを唱えることや「略食事作法」の「食前観」「食後観」を暗唱できるまでになりました。

長年サポートしている「サイパン慰霊施設団」の理事、森下富雄氏(関西ファッション連合・副理事長)も参加し、「何かひとつ、自信をつけて帰ってください」と子どもたちに声をかけました。

この使節団は、大半の経費などを栢木氏がポケットマネーで続けていますが、「青少年の教育」が最大の目標です。サイパンを選んだのは、約30年にわたり日本が統治した島で、戦争の傷跡を現在でも残しているからです。そこへ青少年を連れて行き、慰霊などを通じて困っている人がいれば手を差しのべる心を養い、次の社会を作る人になってほしいと願うからです。「世界をみるきっかけをサイパンで」「戦争の傷跡を見ることで、戦争は恐ろしいと、肌で感じてもらう」ということです。子どもたちに道徳、倫理、教養を見につけてほしいと願って、続けてこられました。また、団体生活を通じて横のつながりを大切にし「他人を思いやり、規律を守り、10人の力をあわせれば20、30人の力にもなる」ことも教えたいからです。そこから育った1人がここ10年近くスタッフとして参加、子どもたちへの指示役を務めていました。

2日目。バンザイクリフで、交流20回目を記念して設けられた「慰霊塔」の前で、全員が「般若心経」などを唱え、線香を手向けました。この模様などは地元の日刊紙「サイパン・トリビューン」の一面などでカラー写真とともに掲載されました。ラスト・コマンド・ポストには日本軍の最後の司令塔や、戦車、大砲など戦争の傷跡がいまだに残っています。知事、市長を表敬訪問。

長年の交流で、現在では子どもたちやスタッフの宿舎として、夏休みの中学校の教室(マットレスとシーツを用意)やカフェテリアを提供してもらい、食事や飲み物もサイパン市がすべて面倒をみてくれるまでになりました。かつては自炊もしたという。それもこれも栢木氏らの努力と功績に他なりません。

3日目は燈篭300個を子どもたちが2時間がかりで作り、夜には「燈篭流し」。今回は途中から激しい雷雨に見舞われ、すべての燈篭を流しきることはできませんでした。残った燈篭は翌日、浜辺で読経の中「お焚き上げ」。

子どもたちが一番印象に残ったのは「2泊3日」のホームステイだったようです。6日目の夜に開かれたサイパン市長による「さよならパーティー」ではホスト役の人たちとの別れ際に、子どもたちはホスト役と抱き合って、感極まって泣きだすシーンがあちらこちらでありました。長年世話をしてきたスタッフによると、これほど泣く子どもが多かったのは初めてということでした。4日目のマニャガハ島での海水浴とバーベキューパーティーも、楽しい思い出になったようです。

サイパンでは、昨年まで水不足にかなり悩まされ、今年は電力不足で1日に何度も停電することが多く、トイレの水を流せなかったり、エアコンが止まって暑い思いなどをしました。こんな経験をして、水や電気の大切さも学んだようです。

また学校とは違った厳しい団体生活。子どもたちは親しくなるにつれてスタッフが指示している最中に私語が目立ち、集合時間に遅れるシーンもありました。体調を一時崩しかけ、ホームシックになった女子もいましたが、けがなく無事帰国できました。

「この旅は来年も続けたほうがいいと思う人」(栢木氏)の問いかけに、子どもたちは全員手を上げました。来年2月のサイパンの青少年との交流も予定されており、それとあい前後して、この交流をサポートしている会が京都で「30周年記念パーティー」を開くことも決まっています。栢木氏は体の続く限り、続けて行きたい。参加した青少年が、これをきっかけに一段と成長してくれることを願っていました。

勉強会の模様

灯篭作りをする子どもたち

灯篭流し 

灯篭を前での法要模様

知事表敬訪問(中央、栢木氏の左が知事、右は市長

バンザイクリフの慰霊塔で参拝する使節団

バンザイクリを前に読経と散華をする栢木氏

朝のお勤めで般若心経を唱える

ホームステイ先へ荷物を車へ

バンザイクリフで読経する栢木氏を報じる

サイパン・トリビューンの一面写真

2008年7月29日(火) サイパン島・青少年文化交流

今夏もサイパン島へ35名が出発!

栢木寛照副理事長が7月29日、小学5年生から高校1年生までの青少年35名を引率し、サイパン島へ発った。一行は全国から募集した「サイパン」についての作文で選ばれ、今年で30年目の偉業である。

全員、サイパン島民の協力で各民宿に泊まり、現地の暮らしに溶け込む。

当会からは田中正雄理事がボランティアで参加し、子供たちのケアーをする。

帰国は8月4日。なお、栢木副理事長はこれまで1500人を送り込んでいる。

サイパン島へ35名

2008年6月23日(木) ミニ講演会 「非行の心をさぐる」  加藤淳士理事

ミニ講演会も3回目。今回から講師は1人になりました。NPO理事で元法務省保護観察所長の加藤淳士氏です。

テーマは「非行の心をさぐる」でした。

子どもの非行の原因は「ストレス」への対応のまずさによって引き起こされる。このストレスは本人ではなかなか見つけられない。そこで「心の問題」にスポットを当て、人と話をすることが大切になると指摘。

子どもと同じ目の高さで節し、一歩高いところから指導する。特に父親は会話を通して教えることが求められる。非行に走るまでには子どもが「SOSのシグナル」を発しているという。それを親がいち早く知ることが大切で、子どもの苦悩などを知り、一緒に解決方法を考えることである。

さらに詳しい説明を、保護観察の仕事の実例を紹介しながら、時には笑わせながらの講演でした。

これに先立ち、新たに会員になった日野健一氏が、天然のビタミンCでは世界一というカムカムジュースの紹介と試飲会を行いました。(田中正雄)

講演会 加藤淳士理事

講演会 日野健一氏

2008年5月28日(水) ミニ講演のお知らせ 「知恵とパワー / そっと教えるおいしい店」

1部「60歳から奮起し、財をを成した現存の僧と東大寺を復興した重源の話」

2部「あまから手帖前編集長が参加者だけに教えるおいしいお店」

ミニ講演会は前回と同じ大阪市北区の全日空ホテル24階で午後6時30分から開かれました。今回はNPO事務局長で著述家の高橋勉氏による「重源(ちょうげん)の東大寺復興」と、NPO理事であまから手帖前編集長の岩崎平氏による「グルメブームと私の推薦のお店」です。

60歳で通信教育で僧になり、大阪に寺を建て、無料で葬儀や墓を提供してきた人物に参詣人が口コミで集まり、70歳で富を得た現存の住職の紹介。続いて、平安末期から鎌倉時代に活躍した僧「重源」について、高橋氏が熱弁を振るいました。

源平の争乱で消失した東大寺復興をいかに果たしたか。財政的にも技術的にも多大な困難をかかえながら、61歳になって東大寺造営大勧進職に就いた重源が、土木建築や美術装飾などの職人を集めて、大仏と大仏殿再建を見事に果たしました。その際、重源が再建に必要な資金や木材をいかに調達したか。その苦労や智恵の見せ所を詳しく説明。さらに現存する「南大門」の得意な建築様式を、断面図をみせながら語りました。

休憩を挟んだ第2部。グルメブームの背景や食のもつ不思議な力とはどういうものか。さらに「あまから手帖」の対象は、弁護士、医者といった専門職をもつ人、700万円以上の収入ある共稼ぎ家庭、自宅から通うOLの3階層だったという。こういった人たちがグルメブームのもう一つの側面と。各店の取材する上で、焼肉・寿司・麺類が「三大地獄」だったと。焼肉では生を食べなければならず、寿司も生魚に貝類、麺類は大量の塩と中性脂肪を食べてしまうから。さらにあまから手帖の中身が、どのように出来上がっていったのかという裏話を、分かり易く話してくれました。最後は、あまから手帖別冊に掲載されていない1万~2万円の大阪の推薦6店の特徴などを語ってくれました。(田中正雄)

講演会 高橋副理事長

講演会 岩崎理事

2008年4月21日(月) ミニ講演のお知らせ 「食について…」

NPOの理事が交代で担当する「ミニ講演会」が4月21日夜、大阪市北区の全日空ホテル24階の清交社サロン会議室で開催されました。いろいろな分野で活躍している理事の強みを生かした講演。会員へのサービス、またアクト情報交流の活動を広く知ってもらい新たな会員の獲得にもつなげるための初の試み。今後は月1回のペースで開催する予定です。

今回の講師役は2人。第1部で松井守が「食の安全とシニアの食(健康寿命の長寿食)」、第2部では大川哲次が「京阪神などのとっておきの安全で美味しい店80軒」を、各1時間にわたって“熱弁”を振るいました。会員と理事のほか一般参加者を含め、会場は約40人で満員となりました。

第1部では、中国製冷凍ギョーザなど食品事件の説明を手始めに、消費期限と賞味期限の違い、大量生産されるお節料理のからくりなど。さらに「おいしさとは」、血糖値の上がり易さを表す「GI(ジーアイ=グリセミックインデックス)」の数値とカロリーが、どう違うかなど。また「健康長寿食」として、地中海型食事がなぜ優れていることなどを説明しました。休憩を挟んだ第2部では、24年にわたって毎月「大阪まんぷく会」で美味しいものを食べ歩いた実績などをもとに、とっておきの「80店」を披露。大阪市内31店のほか大阪府下、兵庫県、京都府、滋賀県、奈良県、和歌山県と近畿一円。さらに北海道から沖縄まで。配られた資料に熱心にメモする参加者も多くいました。予定時間を少しオーバーする力の入れようでした。

法人会員1、個人会員3人の申し込みがありました。(広報担当 田中正雄)